今年もあとわずか。
たまには暖かい日もあるけれど、やっぱり冬ですね。
青空の下に広がる大気は、きりっと肌に冷たい季節になりました
私は朝起きると、まず足腰のこわばりを緩めるストレッチをしてから、徐々に動きだします。
朝食をとったあとは、今日のスケジュールを考えたり、洗濯機を回しながら部屋の中をウオーキングのつもりでぐるぐる回ったり・・・
(最近気が付いたこと:わたしの場合、家でふつうに歩けても、外ではじきに痛みが出たりして歩くのがきつくなる)
一見、呑気にやっているようですが、私の中では足腰の不具合のためここしばらく停滞したままになっていることがあってスカッとしないのです。
昨年の10月から始めた『詩吟』は今年3月末、急な足腰の痛みで教室へ行くのをストップせざるを得ませんでした。
(毎週土曜日、2時間の稽古に通うのは無理がありました。それともう一つの問題
(このブログの中でお話します)がありました。
それ以降は今日まで、自分で出来るだけ声をだし、新しい詩(うた)にも挑戦したりしてやってきましたが、やはり一人きりでは張り合いがありません。
それでも詩吟教室で親しくなったBさんとは、たまに会ったり、ラインや電話で話したりするので、そこは救いです。
Bさんのことは前にも話しましたが、なんとなく馬が合います。
まったく異なる境遇で別々の人生を生きてきた二人ですが、一緒にいて違和感がない、
他愛もないことで話が弾む、そして時々会いたくなる、そんな人です。
こういう出会いは、最近の私にとっては珍しいことです。
今まで親しかった何人かの友人達とは、前のように(特にコロナ以降は)会わなくなっていましたし、連絡を取りあうことも少なくなりました。
心の中でどうしているのかな・・・と思いながらそのままやり過ごしている。
と、話が少し横道にそれてしまいましたが、本題のほうに入りたいと思います。
12月に入って、Bさんとよく行くカフェで会いました。
コーヒーとケーキが美味しいので、最近会うときはここが定番になっています。
、
いつものことですが、午後一番にあって詩吟教室のことや、私の足の具合など話しているうち、あっという間に時間がたって・・・この次は、年末でお互い忙しいから、年が明けたらまた会いましょう、と約束して別れました。
ところが、何日もたたないうちにBさんから電話が掛かって来ました。
私「あら、こんにちわ。どうしたの?」
電話はお互い、めったに掛けないので尋ねると、Bさんは興奮した声で言いました。
Bさん「私、もう嫌になっちゃったわ、Yさんのこと!」
いつも穏やかなBさんなのに、私の耳に声がわんわん大きく響く。
「どうしたの?」と聞くと、Bさんは勢いよくしゃべりだした。
Bさん「私、少し前に近くで詩吟大会があったから聞きに行ったの。それで、昨日、詩吟教室が終わって帰る時、Yさんにそのことを話したのよ。そしたら急に怒って、どうしてそういう所へ行くの?って言ったのよ」
私「えっ、そんなこと言ったの?失礼ね!おかしいんじゃない、ほかの人の歌を聴くのは勉強になるかっらて、普段Yさんも言ってるのに。他所のを聞きに行くのはダメだっていうのね」
Bさん「そうなのよ。そんなところへ行ったら、うちに来ないかって引っ張られるかもしれないからって言うのよ。私もうっかりして喋っちゃって・・・言わなきゃよかったわ」
私「いや、でもね、そんな言い方ってないんじゃない?子供じゃあるまいし、いい大人に行くな、なんて。そんなの本人の勝手でしょ。やっぱりあの方は入会してきた人間を自分の(将棋の)持ち駒くらいに思っているのよ。今いる古い人たちは大体そんな感じになっているじゃない」
Bさん「そうなのよ。一番古いEさんとFさんは、この間また大阪の全国大会にYさんの応援で行ってきたんですって。今年はダメだったらしいけどね」
(ちなみに去年の全国大会では、2位だった)
私「そうなの。あの方たちはそれでいいとしても、会員を何かと自分の思うように動かそうっていうのはね・・・」
Bさん「それからね、最近上手な人が入会してきたって話したでしょ。あの方は2回ほど来てすぐに辞めてしまったのよ。Yさんの教え方じゃあ、やっていけないって言って」
私「あら、そう。やめたの・・・」
私は、その話にさもありなん、と思った。
その人は偶然にもBさんの友達の友達だったということだった。そして今まで都心の方まで詩吟を習いに行っており、詩吟歴は長いらしく、とても上手に詠うとBさんは言っていた。
だが、Yさんのきつい気質的なことや、指導の仕方などがわかると、それを暗に非難して去って行ったという。
私は上手な人が入ってきて、他の人にも良い刺激になるんじゃないか、と思っていたけれど、やっぱりな・・・という気持ちだった。
私が入会した頃も、新しい人が入ってきたが、間もなく辞めていった、という話は聞いた。
この教室には、詩吟歴の長い男性の先生がいて、その方は素養も人としてのマナーも備えた方だったが、後から指導者(補助?)として来たというYさんは、首をかしげたくなるところが多々あった。
彼女は大先輩の先生のやり方にしばしばケチをつける。
「えー、ちがうわよ!」と横合いから言ったり、おっとり刀の先生が、次に話を進めようとすると「先生、もう時間がないから!」と言ってせかす。
私は最初、Yさんの遠慮のない態度に「二人はもしかして夫婦なのかしら?」と思ったほどだ。
これはYさんから自分の側に座るようにと言われて、毎回そうしている私にとっては、はなはだ落ち着かず、心地の良くないことだった。
温厚な男の先生が気の毒でもあるし、Yさんに言いたいように言わせたままの先生もなんとかならないのか、と歯痒く思ったり・・・
また、ある生徒が歌って音程が明らかに狂っているのに、「良かった~」とYさんが言うのを聞いて、私は「ええーー?真面目に教える気はないのかな」と思った。
そしてついに、私が辞めようと決心したのは。
男の先生は、型にだけ拘らず、ある程度自由に歌わせてくれるが、Yさんは妙に重箱の隅を突っつくのだ。
(ちなみに、詩吟に譜面はなく、横、斜め上、斜め下などのしるしがあるのみ)
だから同じ詩を詠っても、人によって微妙に異なる。
初めての昇段試験(今年の1月)に向けて、私は『富士山』を選んで練習を繰り返したが、男性の先生は良しとしてくれたが、Yさんは、頭の出だしが一寸違う、と執拗に型に拘るので、私は投げ出したくなった。
先輩で長年やっている男性に、どう歌えばいいの分からなくなった、と話すと「みんなそういう思いをしながらやっていますよ」と言い、試験においては型通りに歌うのが無難、という言い方をした。
そして試験の当日、私は自分の好きな『早淵良宗』の歌い方で最後まで歌った。
その後、Yさんは何も言わなかった。
ユーチューブでいろいろな人の詩吟を聞くと、同じ歌でもこんなに違う歌い方があるのかと思うくらい千差万別の歌い方がある。
Yさんは、いろんな人の歌を聴くことはないのだろうか?
ちなみに、Yさんの歌は凄い声量で、側で聞いている私は電気がビリビリ走って感電するかと思うくらいだ。
去年の全国大会では2位だったそうで、本人は、その声量にはかなりの自信があるようだ。
確かに声量はすごい、そこにもっと情感が伴なえば、かのシャンソンの歌姫エディットピアフもびっくりだろう。
Yさんは、私に悪意は持っていなかっと思う。私の熱心なところに感じたと言って
詩吟の会に誘われたり、メールなども時々来たり。
Bさんがいたからやってこれたが、やはりYさんの元でずっとやっていくのは無理だと思った。
そんな時、足が悪くなりそれを理由にやめる旨を告げた。
Yさんには、それが青天の霹靂だったようで、足がよくなるまでずっと待っている、と言ったが・・・私の中ではもう終わったことだった。
Bさんの話では、私はその後もしばらくは休み、ということになっていたようだ。
と、ここまで私事で話が長くなりましたが、せっかく入った詩吟教室、そんな訳でやめました。
Bさんとしばらく話して、電話を切ったあと思いました。
少しでも足をよくして、何処か新しい教室に行きたい。できればBさんも一緒に行けたらいいけど・・・
ただ、今住んでいる地域では、何処の教室も同じ学院の傘下になるので少し離れた場所になるかもしれませんが。
◇
ところで今年、2023年の私の運勢は、高島易断によると、(真冬・真夜中)とのことで「人前に立って積極的に活動するよりも、自分の趣味などをして過ごすのがよい」とありましたが、これは当たっていたのかな?当たっていたのかもしれません。
足を悪くして行動範囲が限られ、思うことが出来なかった、という点では。
でも、そんな私を慰めてくれたのはブログを書くこと、そして皆さんのさまざまなブログに触れ、いろいろな思いを巡らすこと、それでこの1年やってこれました。
ありがとうございます。
ブログ上ですがポインセチアを贈ります。
では、これから更に寒さ厳しくなりますが、お体に気を付けてお過ごしください。