ブログ百科ララ♫

幸せな人生を送るために書くブログ集

【ある朝の日の散歩道で】

少し前から、朝の散歩に出ることが多くなった。

 

目覚めてから少し経った6時半ころ、

戸外に出て一回りして帰ってくる。

 

その日、いつものように路地を歩き公園の近くまで来ると、

なんともいえない香りが漂ってくる。

何時か、どこかで嗅いだ匂い・・・それは森の匂いだった。

 

一日、二日前に降った雨のせいだろうか?

小さな公園に立つ樹々の緑が、まるで深い森のような香りを放っているのだ。

 

人気のない園内を歩きながら、子供時代過ごした森を思った。

 

人が住むには厳しすぎる北の地の記憶は、

私にとっては、概ね良いものではなかった。

 

小学校に入るまで祖母と暮らした山陰の穏やかな風土とは

まるで次元の異なる場所だった。

 

その中で、あの森だけは私にとって唯一の慰めだった。

 

 

家族と住む古い大きな家は、父が務める造林会社の社宅で、

他の社宅と離れ高台の森の中にポツンと一軒立っていた。

 

といって思ったほど寂しいところではない。

家の周囲には松の苗床が方々に広がり、

時期になると大勢の男女が働きに来て賑わった。

 

ただ子供の私にとっては、近くに同級生の家もないから

一人で遊ぶことが多かった。

本を読んだり、森の中を歩いたり、冬はスキーをしたり。

 

その中で特に好きだったのは、早朝に歩く森の散歩だった。

 

家族がまだ眠っているとき、私はそっと一人で露草を踏みながら森の中を歩いた。

樹々の葉っぱは、朝日が昇るにつれキラキラ輝いた。

 

樹木のツーンとする香りや古い苔の匂い、

そして名前の知れない花の甘い芳香。

 

春から夏もいいが、金色や赤に染まる燃えるような秋の森も好きだった。

 

 

秋の森といえば、ある一枚の絵を思い出す。

クロード・モネの「サンジェルマンの森の中で」。

 

この絵は数年前、山形へ兄の病気見舞いに行った折、山形美術館で見たが目を疑った。

私は森の中の小径を通って小学校、中学校へ通っていたが、

この絵はその森にそっくりなのだ。

フォトAC

 

(ちなみにその時購入したこの絵のポストカードは、その後亡くなった兄の妻の元に送ったので手元にはない。

兄もまた田舎の森が好きだった)

 

森を抜けると間もなく学校と広いグランドが見えたが、

ほとんど人の通らない森の道は、少し怖くもあり気ままで楽しくもあった。

 

歌を唄いながら行くと蛇が突然スルスルと、目の前を横切っていくこともあった。

 

モネの「サンジェルマンの森の中で」の絵は、悪魔の眼を連想させる

とも言われているらしいが、私にとっての森も不思議だった。

 

光に遮られ樹々が茂った森の奥は、何か秘密めいた匂いがして

得体の知れないものが潜んでいるような気がした。

 

そんな森の道は、夏に近いころになると、

得も言われぬ芳香があたりに漂った。

 

それは、高い木の頂上に咲く白い花だったが、名前はわからなかった。

 

だが大人になってから、それが泰山木(タイサンボク)、

もしくは朴(ほお)の花のどちらかではないか、ということだけは分かった。

 

 

その後、その白い花のことは、しばらく忘れていたが

長い時を経てまた出会う機会があった。

 

今の場所に住んでもう何年にもなるが、越してきてまもない頃、

散歩の途中だった。

 

○○工業、という会社の門の入り口を通りかかった時、

高い木の梢に咲く白い花を見つけたのだった。

ちょうど今頃、5月の半ばすぎだった。

 

それからは散歩のときは決まって、その会社の前を通った。

すぐ側にある古風な造りの家は、名前からして会社の代表者のものだろうか?

季節の草花や植栽がひっそりと茂る中庭も風情があった。

 

それもここしばらくは、足の不具合などでご無沙汰していたが、

先日久しぶりに通りかかってふと見ると、

あの木のてっぺんの方に白い蕾がみえる!

 

私は懐かしいものに出会った思いでそれを見上げた。

 

 

(あの花は、今日あたりは更に大きく花開いているかもしれない・・・)

 

公園で一時、森の記憶に浸った私は、そのことを思い出して

○○工業の方へと向かった。

 

 

会社の前まで来て、高い木の梢を見上げると咲いている!

 

数日前は小さかった白い蕾が、今は天に向かって花を広げている!

 

(この写真ではその様子がうまく撮れませんでしたので、別にイメージ画像を載せます)

 

 

イメージ画像



私がじっと見上げていると、会社の中から女性が現れた。

 

「あの、・・・」

 

私は、箒を手に掃除を始めた中年の女性に声をかけた。

 

「あの白い花はなんという花ですか?」

 

私の唐突な質問に怪訝な顔をした後、女性は答えた。

 

「タイサンボクです」

 

アッ、と思った私は念を押すように続けた。

 

「朴の花ではないんですね?」

「違います。タイサンボクです」

 

女性はきっぱりと言った。

 

「綺麗ですね!」

 

私がもう一度見上げながら言うと、むっつりとした女性は微かに笑った。

 

礼を言って立ち去りながら、私は嬉しかった。

長年分からなかったこの花の名前が、泰山木(タイサンボク)だと分かったのだ。

 

自分の不躾な振る舞いも忘れて満足だった。

声をかけられてびっくりしたような女性の顔を思いだし

少し反省して歩いた。

 

あの花がタイサンボクだとは分かったが、

では、田舎の森の花はなんだったのだろう?

 

タイサンボクと朴の花は以前調べたところ、

ともにモクレンモクレン族の仲間で開花は

5月から梅雨のころまでだという。

 

そしてどちらも香りが良いというのも同じだ。

少し違うのは、タイサンボクが常緑高木なのに対して、朴は、落葉広葉樹とある。

 

ただ私は森で嗅いだ匂いはとても甘く、山野に咲くというところから

朴の花ではないだろうか?と思う。

 

あの通る人もない森の小径に咲く花は、

今頃ひっそりと咲き芳香を放っているのだろうか?

 

イメージ画像   朴の花

もう二度と行くこともないかもしれない森の小径に

想いを馳せながら歩くうち、大通りに出た。

 

出勤で行き交う人や、車の音が急に高く耳に響いた。

 

さあ、今日もまた一日が始まる。